東京都 中野区で「伊東陶山」や「高野昭阿弥」の茶道具をお譲り頂きました

伊東陶山 茶碗  高野昭阿弥 水指

ご不用となった茶道具の査定・買取のご依頼で伺いました。

青々とした竹の絵付けが施された「伊東陶山」の茶碗や、青華祥瑞手の絵付けが描かれた「高野昭阿弥」の水指の他、蒔絵が施された棗、釜、京焼の皆具、茶箱などを買取らせて頂きました。

お伺いする前に作品を箱から出して頂いておりましたので、スムーズに査定することができました。

ご配慮頂きありがとうございました。b07.gif

なお、下記に作者の略歴を記載させて頂きます。

【初代 伊東陶山】
1846年 弘化三年、京都の三条粟田口の伊東善輔の長男として生まれる。
      本名は重太郎のち幸右衛門と改める。号は陶翁、陶山。
1858年 円山派の画家小泉東岳に画を学ぶ。
       東岳が生計を立てるために画業と平行して行っていた茶碗の絵付けや土瓶造りも手伝い陶業転向。
       三代高橋道八、村田亀水、幹山伝七、帯山与兵衛、一文字屋忠兵衛(服部暁山)、岩倉山吉兵衛など窯屋を歴訪して研究に努める。
1863年 京都五条坂の陶工亀屋旭亭に師事し本格的に陶技を学ぶ。
1867年 京都粟田白川畔に「陶山」を開窯、京焼の改良を志し、茶器、酒器をはじめ創作性の高い作品を制作。
1973年 宇治の朝日焼復興を松林長兵衛より嘱されて従業。この頃から洋食器や装飾品の制作も取り入れて積極的に海外貿易にも着手する。
1984年 粟田陶器組合設立に際しては副組長に就任。
1891年 粟田焼の本焼釉料の発明に成功、本焼絵付の技法を完成。
1895年 『陶山』の号を名乗る。
1896年 京都陶磁器商工業組合設立時には創立会員となる。
        京焼内部の統一に貢献。 京都府陶磁器試験場および伝習所設立にも寄与。
        意匠や技術の改良、陶工に対しての指導や後進の育成にも尽力を示す。
1899年 緑綬褒章を受章。
1903年 浅井忠,宮永東山らと陶器研究団体「遊陶園」を結成。
1909年 店舗と工場を三条白川に移し、国内外に「陶山焼」の名を示す。
1912年 久邇宮邦彦殿下より「陶翁」の号を拝受。 「金印」「銀印」下賜の栄にあずかる。
1917年 帝室技芸員を任命。
1919年 近江膳所焼復興に従業。
1920年 洛東山科鏡山に新窯を築くも初窯開始3日後に没。享年76歳。

【二代 伊東陶山】
 初代陶山の長女ふじの婿養子。
1871年 元膳所藩南本田家で代々家老職を勤めた家に生まれる。
 内海吉堂画伯について日本画を習得。帝展・日展の審査員をつとめた。
1937年 66才にて没。

【三代 伊藤陶山】
1900年 二代目の長男として京都に生まれる。名は信助。
1918年 京都市美術工芸学校絵画科を卒業。
         祖父及び父陶山に陶芸を学ぶ傍ら大江良起について絵画を修める。
1929年 帝展初入選。
1932年 帝展特選を受賞。同作品は皇后陛下お買い上げ。
1938年 三代陶山を襲名。
以上、略歴引用

【高野昭阿弥】
1941年 京都市に生まれる。
1966年 京都市立美術大学卒業後、
       初代昭阿弥(昭和 5年創業)の許で修業。
1980年 初代と共に50周年記念展を開催。
1993年 二代目となる
1996年 京都にて昭阿弥工房展を開催。
以上、略歴引用

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