埼玉県 所沢市で「田中嘉三」の日本画や「榎戸庄衛」の水墨画を買取らさせて頂きました

 田中嘉三 仏像 日本画  榎戸庄衛 石仏 水墨画

ご自宅の解体前の品物整理・買取のご依頼で伺いました。

堂々とした仏像の表情が淡い色彩で描かれた「田中嘉三」の日本画や、優しげな表情の石仏の姿が描かれた「榎戸庄衛」の水墨画の他、日本画の色紙や短冊、銅器の置物や古陶磁などをお譲り頂きました。

上空の寒気の影響で本日も不安定な天気の予報が出ており、空を見上げると怪しい雲が目立ちましたが、天候が崩れる前に無事に作業を終えることが出来ました。

週明けから解体作業が始まるとの事で、片付けなどでお忙しい中、ご親切にご対応頂きありがとうございました。b07.gif

なお、作者の経歴を下記に紹介させて頂きます。

【田中嘉三(たなか かぞう)】
明治42年3月2日生まれ 茨城県出身
木村武山 奥村土牛に師事
昭和12年院展初入選
昭和23年「一字金輪仏」で院展首席受賞
昭和24年翌年日本美術院院友
昭和42年8月17日死去 享年58歳
以上、資料引用

【榎戸庄衛】
明治41年 9月20日 茨城県西茨城郡岩瀬町に生まれる
大正14年 県立笠間農学校本科を卒業、その後上京。
昭和  7年 太平洋美術学校洋画科本科を卒業
昭和  8年 第14回帝展に「母と子」が初入選
昭和16年 安宅安五郎、大久保作次郎、鈴木千久馬等が結成した創元会に参加、翌年には会員となる
昭和17年 第5回新文展に入選した「秋果豊収」が特選を受賞
昭和18年 第6回新文展に「九龍壁(北京)」(茨城県近代美術館蔵)を招待出品以来、昭和24年の第5回日展「浴後」まで、官展に出品を続けた
昭和24年 創元会を退会し、新たに牛島憲之、須田寿、有岡一郎とともに立軌会を結成し、昭和34年の第11回展まで出品を続けた
昭和40年 茨城県から第2回茨城文化賞を受賞
平成 7 年 4月12日茨城県東茨城郡大洗町大貫町の自宅で死去。享年85才
作者の画風は戦前の手堅く平明な描写から、戦後は様式化した具象表現へと変わった。
さらに、抽象表現主義的な形態の解体が進み、一切の団体に属することがなくなってからは、士俗的な記号を中心に独自の抽象表現を築いていった。
そうした作品は、所属する会派を超えて選抜される選抜秀作美術展(朝日新聞主催)や、日本国際美術展(毎日新聞社主催)などに出品された
以上、資料引用

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