東京都 杉並区で「吉田博」や「笠松紫浪」の木版画を買い取らせて頂きました

 吉田博 木版画 山  笠松紫浪 赤門 木版画

遺品整理のご依頼で伺いました。

湖畔から雄大な山々を望む光景が描かれた「吉田博」の作品や、雪が降る中、東大の本郷赤門前の光景が描かれた「笠松紫浪」の作品の他、画集、色紙などをお譲り頂きました。

年度末・月末の金曜日のため道路の混雑することが予想されたので、早めに出発したため、お約束の時間前に到着しましたが、快くご対応頂きました。

ご親切にご対応頂き、ありがとうございました。emoji206.gif

なお、下記に作者の経歴を記載させて頂きます。

【吉田博】
1876年 久留米市に生まれる。
1891年 小山正太郎の不同舎に入門。明治美術会会員となる。
1893年 洋画家の「田村宗立」に師事。
1899年 洋画家の「中川八郎」と共に渡米。デトロイト美術館で「日本画家水彩画展」を開催し、好評を得る。
1901年 帰国。この間、全米各地で展覧会を開催する。
1902年 太平洋画会を設立。洋画では文展で受賞を重ね、審査員となる。
1920年 渡辺木版画店より始めて版画刊行。翌年より自ら監修して本格的な木版画制作を始める。
1926年 「日本アルプス十二題」12点ほか合計41点の木版画を制作発表。
1928年 「日本南アルプス集」6点ほか合計35点の木版画を制作発表。
1936年 「足立源一郎」「石井鶴三」「茨木猪之吉」らと日本山岳画協会を結成。
1937年 第1回新文展に「利尻姫沼」(李王家買上げ)を出品。
1946年 最後の木版画「農家」を制作発表。
1947年 太平洋画会 会長となる。
1950年 下落合の自宅で永眠。享年73歳。
以上、略歴引用

【笠松紫浪】
明治31年、東京・浅草に生まれる。本名四郎。
高等小学校卒業後、14歳で鏑木清方に日本画を師事。同門に伊東深水や川瀬巴水。
昭和8年 第14回帝展に初入選。以後、文展、青衿展など入選多数。
昭和20年代より芸艸堂版の木版画の制作を始める。以後、昭和35年頃までに約100点制作。
昭和30年頃からは、自画・自刻・自摺作品の制作をはじめ、没するまで旺盛な制作活動を続けた
昭和58年、大英博物館主催の版画展「The Japanese Print since 1900」に館所蔵の笠松作品5点が出品される。
平成3年 93歳死去
東京をはじめ東日本各地の風景や、風俗、伝統文化を描いた作品を数多く発表した。
以上、略歴引用

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